- 2026年5月8日
突然の手と口周りのしびれについて
手口症候群(Cheiro-Oral syndrome)?
突然、手と口周りが同時にしびれる症状が出現したと訴える患者さんがみえた場合は、手口症候群について考慮する必要があります。しかし、手口症候群は、ペインクリニック内科で管理する疾患ではありません。
本疾患を疑った場合は、治療可能な病院への紹介が必要となります。
今回は、手と口周りのしびれなどの感覚異常を引き起こす手口症候群について、以下の論文(総説:既存の多くの研究論文を整理・評価しまとめて示したもの)を中心に話します。
Am J Emerg Med. 2021 Jan:39:151-153. doi: 10.1016/j.ajem.2020.09.064. Epub 2020 Oct 1.
Cheiro-Oral syndrome Sara Manning , Brent R King , John Peffer , Dylan Lescure
手口症候群とは
手口症候群(Cheiro-Oral syndrome :以下COSと略す)は、口周囲および上肢(典型的には手または指)の感覚障害を特徴とする稀な神経疾患です。
一側の手とそれと同側の口を取り囲む領域が、同時に片側性に障害される感覚障害を最初に報告したのはSittig(1914)で、口と手または指のみに片側性の感覚低下を呈する3人の患者について報告しました。後にGarcinらは、剖検例で、脳内の小病変が、片側の手と口周囲に限局した感覚障害が生ずることの原因であるとの報告を行い、手口感覚症候群(syndrome sensitif a topographie cheiro-orale)と称しました。
COSを引き起こす原因
COSの症例の大部分は、脳内での虚血性梗塞または脳内出血によって引き起こされます。高血圧がリスク因子で、Lin(文献3)らは、174人の患者のうち69人が虚血性脳梗塞で最も多く、次に脳出血が、38人であったことを報告しています。その他の原因として、硬膜下血腫、腫瘤性病変、脳炎、および動脈瘤も挙げています。さらに、COSのまれな症例で、てんかん発作、頭蓋内バイパス手術の合併症、中大脳動脈狭窄、および薬剤などが原因となることもあるようです。さらに、髄膜腫、神経膠腫、動脈瘤などの重篤な病変も、初期症状としてCOSを呈することがあるようです。
COSの病変部位
Linらの報告(文献3)では、視床が最も多く、橋および大脳皮質も比較的よく見られるらしいです。報告では、視床25.9% 橋24.7% 大脳皮質18.4% 内包4.0% 頚髄3.5% 放線冠2.9% 中脳1.7%複数部位0.6%でした。
Chenらは、手口症候群の解剖部位の頻度として、橋27.6%、視床21.1%、大脳皮質15.8%、延髄5.3%、放線冠1.3%、中脳0%、不明27.6%と報告しています(文献2)。
これら結果から、視床・橋・大脳皮質が病変部位として頻度が高いことが示されています。
COSのタイプ
感覚障害の部位の違いにより、下の表の4つのタイプに分類されます。

脳または脳幹病変の反対側の顔面および上肢(特に手指)の感覚障害を特徴とするタイプⅠがCOSの典型的症状とされていますが、その他の変異型には、両側性症状(タイプII)、タイプⅡ+他の部分の症状を含む混合型(タイプIII)、手と口の障害が左右に分かれている交叉型(タイプIV)があります。 タイプIIのCOSの両側性症状は、シガテラ中毒と誤診される可能性があるため、特に診断困難とのことです。Linらは、COS患者の症例をまとめ、COSタイプⅠは、大脳皮質~脳幹の広範囲で起こりえる為、症状のみでは特定の部位の病変を確定できないとしています。一方、タイプIIおよびIIIのCOSは橋病変と関連があり、タイプIVのCOSは延髄病変を予測すると報告しています(文献3)。Chenらも、タイプIVのCOS患者4例の報告において、延髄での病変を報告しています(文献2)。COSで一貫してみられる口角と四肢の感覚障害に加えて、患者は脳神経障害、同側下肢の障害、または同側運動失調を経験することもあるようです。
補足:シガテラ毒:南海の魚に含まれていることがある。主症状は神経症状であるドライアイスセンセーション(温度感覚の異常)、掻痒、四肢の痛みで、筋肉痛、関節痛、頭痛、めまい、脱力、排尿障害などもあるらしいです。死亡例は極めて稀とのことです。
COSのタイプ別発生頻度について
Linらの報告(文献3)
タイプⅠ(81.0%) タイプⅡ(8.6) タイプⅢ(7.5%) タイプⅣ(2.9%)
Chenらの報告(文献2)
タイプ Ⅰ(71.1%)、タイプⅡ(14.5%)、タイプⅢ(7.9%)、タイプ Ⅳ( 6.5%)
COSは、タイプⅠが70~80%を占め最も多く、その他の症例は比較的発症が少ないことが示されています。
COSの予後
報告によってばらつきがあるものの、COS患者の予後は、特に皮質下病変を有する患者では、比較的良好であると考えられるとのことです。Lin(文献3)らは、85例中14例(16.5%)のみが急性期に神経学的悪化または症状の進行を呈したと報告しています。しかし、一部の病変は予後不良を示唆し、症状の進行を呈した14例のうち、5例は大きな皮質梗塞、5例は硬膜下血腫、3例は延髄梗塞、1例は橋出血であったとのことです。 Chen(文献2)らは、24例中5例に神経学的悪化がみられ、そのうち3例は硬膜下血腫、2例は大きな梗塞であったと報告しています。また、延髄病変が原因のタイプIVのCOSの症例が4例報告されていますが、これらの患者のうち3例は症状の進行が見られ、そのうち2例は4年間の追跡調査で症候はあっても明らかな障害なしで仕事や活動に障害のないレベルとなり、残りの1例は後遺症として運動失調が残存していたとのことです。
これらの結果は、COSが発生した場合において、神経症状の進行を抑制するための治療が重要であることを示していると考えます。
上述のように手口症候群には4タイプがあり、発生場所は一定ではありませんが、最も頻度が高い視床におけるタイプⅠのCOSについて文献1で示されていましたので、この症例について説明します。
63歳 高血圧のコントロール不良の男性
突然の右の口角と右手にしびれとチクチクした感じを訴えて救急外来を受診し、緊急で頭部造影CTが実施されました。

頭部CT画像 左視床部位の出血画像
CT図は、文献1より抜粋
結果、CTにて左視床部分に出血が認められました。この時、収縮期血圧が200mmHgを超えていたため、出血の進行を防止する為、集中治療室で降圧療法がおこなわれました。この患者さんは、血圧が正常にコントロールされるようになった後に退院となっています。COSの症状は、後に完全に消失し、後遺症はなかったとのことです。
右側の口角と右手指先にしびれ(感覚障害)が発症し、CT画像が実施された結果、左視床
部位に出血が認められた場合は、視床内のVPLとVPMと呼ばれる領域が障害されたことが
推定されます。(下図参照)



視床は、嗅覚を除き感覚神経のほとんどの神経系の情報が通る中継組織になりますが、視床は脳動脈の前方と後方の両方から血液供給を受けています。いくつかの既知のバリエーションがありますが、前方は、視床穿通動脈から視床と中脳の前下部に血液が供給されています。視床の残りの部位は、後方の後大脳動脈の分枝から血液を供給されています。視床の外側部(特にVPL・VPM)の梗塞は、感覚性障害のみををおこしやすい領域であり、視床障害により発症するCOSは、後大脳動脈の分枝の障害により発症します。
図
・Am J Emerg Med. 2021 Jan:39:151-153. doi: 10.1016/j.ajem.2020.09.064. Epub 2020 Oct 1.
Cheiro-Oral syndrome Sara Manning , Brent R King , John Peffer , Dylan Lescureより一部抜粋
・日本臨牀 40(春季増刊): 804-805, 1982. 手掌・口症候群亀山正邦 より抜粋一部変更
・東医大誌 46(3):595~599,1988 症例報告 手掌・口症候群を唯一の症状とした 視床出血の1例東京医科大学老年病学教室 田中由利子 岩本俊彦 大野大二 救命救急部 小池藩邸 行岡哲男 より抜粋一部変更
参考文献
1)Am J Emerg Med. 2021 Jan:39:151-153. doi: 10.1016/j.ajem.2020.09.064. Epub 2020 Oct 1.
Cheiro-Oral syndrome Sara Manning , Brent R King , John Peffer , Dylan Lescure
2)Yonsei Med J. 2009 Dec 31;50(6):777-83. doi: 10.3349/ymj.2009.50.6.777. Epub 2009 Dec 18.
Cheiro-oral syndrome: a clinical analysis and review of literature. Wei Hsi Chen
3)Neurology Asia 2012; 17(1) : 21 – 29 Cheiro-oral syndrome: A reappraisal of the etiology and outcome. Hung-Sheng Lin MD, Tzu-Hui Li MD, Mu-Hui Fu MD, Yi-Shan Wu MD, Chia-Wei Liou MD, Shun-Sheng Chen MD PhD, Jia-Shou Liu MD PhD, Wei-Hsi Chen MD MSc

COSの患者のほとんどは予後良好のことも多いと文献に記載ありますが、臨床状態が悪化するリスクもあります。COS発症には、高血圧が原因となることが多いそうです。さらに、COSは、髄膜腫や神経膠腫などの脳腫瘍の初発症状となる場合もあるそうです。口角と上肢の感覚症状を呈して来院された場合は、診察させていただき、必要と判断した場合は、治療可能な近隣病院への紹介をさせていただきます。