- 2026年5月17日
痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)とは
慢性疼痛においては、しばしば疼痛の原因となる侵襲が取り除かれた後や組織的には修復されているように見える場合、もしくは侵襲が全くない状態にもかかわらず痛みが発生し継続する治療に難渋する痛みが存在します。これらの発生メカニズムがはっきり分かったわけではありませんが、このような難治性の疼痛に対して、2016年、国際疼痛学会(IASP:International Association for the Study of Pain;痛みに関して権威のある学会)によって、nociceptive pain(侵害受容性疼痛)とneuropathic pain(神経因性疼痛)とは異なる疼痛メカニズムを説明するために、第三の痛みとしてnociplastic painという概念が提唱されました。
Nociplastic painは、2021 年に日本痛み関連学会連合から痛覚変調性疼痛と訳され発表されました(以降、痛覚変調性疼痛と示す)。
痛みのメカニズムによる分類:現在大きく3つに分類されています。
・侵害受容性疼痛(nociceptive pain):身体のどこかの組織が傷ついたり、傷つきそうになったときに、その危険を知らせるために起こる痛みです。
・神経障害性疼痛(neuropathic pain):体性感覚神経系は、皮膚・筋・関節などからの感覚情報(触覚・温度・痛み・位置感覚など)を末梢から中枢神経へ伝え、さらに骨格筋の随意運動を制御する感覚を担う神経系ですが、この体性感覚神経系の障害に起因する痛みです。
・痛覚変調性疼痛(nociplastic pain):中枢神経系(脳)の痛みのネットワークの変化によって生じる痛みであると考えられています。
今回は、痛覚変調性疼痛についての話となります。参考文献は、下記の論文です。
Nat Rev Neurol. 2024 Jun;20(6):347-363. doi: 10.1038/s41582-024-00966-8. Epub 2024 May 16.
Deciphering nociplastic pain: clinical features, risk factors and potential mechanisms
Chelsea M Kaplan, Eoin Kelleher, Anushka Irani, Andrew Schrepf, Daniel J Clauw , Steven E Harte
本レビューでは、痛覚変調性疼痛を有すると考えられるヒト被験者からの研究結果を検証し、特に慢性重複疼痛状態患者(COPC:Chronic Overlapping Pain Conditions)の臨床研究に焦点があてられています。
痛覚変調性疼痛とは、どのような疾患に認められるのか
痛覚変調性疼痛が主要な疼痛メカニズムであると考えられている疾患として、線維筋痛症(FM)・間質性膀胱炎/膀胱痛症候群(IC/BPS)・過敏性腸症候群(IBS)・慢性腰痛(cLBP)・慢性の緊張型頭痛および片頭痛・顎関節症(TMD)などがあります。
これらの疾患は、最近では慢性重複疼痛状態(以降COPCsと略す)と総称されています。
これ以外にもあらゆる慢性疼痛疾患において、痛覚変調性疼痛が発現する可能性が考えられています。
痛み以外の症状として
倦怠感、睡眠からの回復不良、抑うつ気分、集中力や短期記憶の障害、視覚、聴覚、触覚刺激に対する過敏症などがあります。(下図)。

2019年版国際疾病分類(ICD-11)では、COPCs疾患は「慢性一次性疼痛」と分類されています。これは慢性疼痛の原因が明らかな慢性二次性疼痛の原因では説明できない場合に診断されます。(慢性疼痛とは、3か月以上の持続または再発する疼痛のことを言います。)
有病率
様々なCOPCsの有病率は、線維筋痛症(FM)や間質性膀胱炎/膀胱痛症候群(IC/BPS)などの疾患では2~6%、慢性腰痛(cLBP)、顎関節症(TMD)、過敏性腸症候群(IBS)ではそれぞれ約10%と幅があります。これらの数値は、一般人口の少なくとも8~11%がCOPCsを抱えているという推定値と一致しています。
痛覚変調性疼痛の主要な症状
・存在する末梢病変に不釣り合いなほどの強い痛み
・痛みが、しばしば持続的で、全身に広範囲に広がる傾向
・痛みの部位が特定しにくい場合、解剖学的分布とは異なる場合
痛みの性質
・一般的に鈍く、深く、うずくような痛み
・時間とともに部位と強度が変化
・悪化したり軽減したりすることがよくある
痛覚変調性疼痛の発症に関与する危険因子
2016年に初めて提唱されたため、危険因子のみに焦点を当てた研究はほとんどありません。しかし、慢性重複疼痛状態(COPCs)、特に線維筋痛症に関する研究は、共通の危険因子を明らかにする手がかりとなります。下図に示す因子が、痛覚変調性疼痛の発症に影響を与えると考えられています。

しかし、上記の曝露を受けた多くの人は痛覚変調性疼痛を発症せず、この疼痛の発症を促進するメカニズムと抑制するメカニズムは依然として不明です。
痛覚変調性疼痛患者の疼痛に関する脳内ネットワークの変化
誘発疼痛機能的MRI研究により、痛覚変調性疼痛における疼痛感受性の亢進は、島皮質、体性感覚皮質、視床などの疼痛に関わる経路活性化の増強、および特定の領域と脳ネットワーク間の機能的結合の強化と関連していることが示されています。
この症状群は、慢性重複疼痛状態(COPCs)と関連していると考えられています。
メカニズムについて
脳内ネットワーク・神経伝達物質の変化・免疫メカニズム・末梢組織の調節の異常
参考文献より下図を抜粋し転記(一部変更)しています。

用語説明について
*DMN:デフォルトモードネットワーク:(MPFC:内側前頭前野 PCC:後部帯状回 IPL:下部頭頂葉)
ぼんやりしているときや自分のことを考えているときに特に働く脳のネットワークの集まりです。通常は安静時に活動しています。気分の落ち込みや自分を責める思考が強い人では、デフォルトモードネットワークが過剰に働きやすく、過去の失敗やつらい出来事を何度も思い出してしまう傾向があるという指摘もあります。
*SMN:センサリーモーターネットワーク:(S1:一次体性感覚野 M1:一次運動野)
一次感覚皮質と一次運動皮質を核として、感覚入力を処理し、運動反応を開始します。体の外や中からの情報を脳へ送る神経の仕組みと、脳から筋肉や内臓へ「動け」「力を抜け」などの命令を送る神経の流れ「痛みの感じ方そのもの」に関わる神経経路です。
*SLN:サイリエンスネットワーク:(ACC :前帯状皮質 Insula:島皮質)
外界からの刺激や内部からの重要な情報に対して注意を向ける、情報処理と調整をおこなうネットワーク:不快感・苦痛・社会的・ 心理的な痛み,他者の痛みの共感などで活性化する痛みのネットワークです。
*DPMS: ディスセンディング ペイン モジュレィトリィ システム:(ACC:前帯状皮質 Amygdala:扁桃体 Hypothalamus:視床下部;自律神経中枢 PAG:中脳水道周囲灰白質 RVM:吻側延髄腹内側部)
脊髄後角の活動を調節、疼痛知覚に抑制的または促進的な影響を及ぼす下行性疼痛調節系経路です。本来は、痛みの緩和に働きます。
痛覚変調性疼痛状態では、3つの脳ネットワークは健常者よりも互いに密接に接続、あるいは絡み合っており、DMN-SLN-SMNの接続性の促進が疼痛部位の広がりと相関することが示されています。また、DPMSの活性・連携阻害が痛覚過敏性を促進することも示されています。
神経伝達物質の変化として、SLNおよびDMN領域において、グルタミン酸とグルタミン(GluとGln:興奮性神経伝達物質)の増加、SLN領域におけるγ-アミノ酪酸(GABA:抑制系神経伝達物質)レベルの低下、およびDMNにおけるGABAレベルの上昇などが挙げられます。DPMSは、末梢からの侵害受容入力が脳に到達する経路に影響を与えます。DPMSに関与する主要な神経伝達物質には、ノルアドレナリン、セロトニン、内因性オピオイドが含まれますが、痛覚変調性疼痛では、脳脊髄液(CSF)中のノルアドレナリンとセロトニンのレベルが低下しています。一方、CSF中の内因性オピオイドのレベルは上昇が報告されています。
報酬処理の機能不全:健常対照群と比較して、脳内の側坐核(ドーパミン・Glu・GABAを主な神経伝達物質とし、報酬処理・動機づけ・感情制御・意思決定・運動の開始に深く関与している)における神経活動が鈍化していることが示されています。
痛覚変調性疼痛に対する免疫機能活性化:痛覚変調性疼痛疾患において中枢神経系(CNS)内で常性維持と損傷応答に関わる免疫調節機能を有するグリア細胞であるミクログリアとアストロサイトの活性化が示唆されています。これらの細胞活性化により、中枢神経系(CNS)内に分泌された炎症性サイトカインは、食欲不振、発熱、疲労、社会的引きこもり、痛覚過敏といった、行動的・生理的変化を促進することが示唆されています。
末梢性侵害が主な要因となる疼痛を含む多くの疼痛疾患においても、CNS内での免疫機能の活性化が認められておりまた、末梢メカニズムも痛覚変調性疼痛に寄与していると考えられています。
痛覚変調性疼痛の2つの潜在的なサブタイプ :
痛覚変調性疼痛は、痛みのメカニズムを説明する新しい概念で、大きく以下に述べる2つの痛みの経路(トップダウン型とボトムアップ型)(下図)が考えられています。

病態生理として、上行性疼痛情報の増幅および/または下行性抑制性疼痛制御の喪失が含まれ、これらのプロセスは脊髄、脳幹、皮質下構造、および新皮質のレベルで起こると考えられています。ボトムアップ型は、末梢の痛み・炎症・組織損傷などが長期や反復的に刺激として加えられ、それが脳の機能を変えると言うメカニズムです。この場合、侵害刺激を除去すると、最終的にこれらの処理は正常化すると考えられています。
トップダウン型は、脳からくる疼痛で、脳内の変化,さまざまな適応的活動変化によって、痛みの過敏が生じるというもので、なんらかの脳内の状態が“痛み”という体験を生むという場合を指します。この為、トップダウン型は、疼痛処理の増強が侵害刺激とは独立して発生し、疼痛が維持されることを示唆しています。
痛覚変調性疼痛治療
疼痛メカニズムの基本的な説明と理解が大切です。そして、治療においては、患者と医療従事者との間の強固なパートナーシップが、患者が生活の質を向上させるために、不可欠とあります。
生活の見直し
身体活動の増加・睡眠の質の向上・ストレス管理などの健康的な生活習慣に関する提案
マインドフルネス、ヨガ、太極拳、鍼灸、指圧、カイロプラクティック療法など多くの非薬物療法の有効性が示されています。
薬物療法の選択肢
非ステロイド性抗炎症薬やアセトアミノフェンなどの従来のいわゆる鎮痛薬は、一般的に効果がなく、オピオイド(麻薬を含む)は、避けるべきであると考えられています。
効果的な薬剤としては、
アミトリプチリンなどの三環系抗うつ剤、デュロキセチンやミルナシプランなどのセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、ノルアドレナリン再取り込み阻害薬、およびガバペンチン、プレガバリンなどのガバペンチノイドなどがあります。
参考文献
・Nat Rev Neurol. 2024 Jun;20(6):347-363.
doi: 10.1038/s41582-024-00966-8. Epub 2024 May 16. Deciphering nociplastic pain: clinical features, risk factors and potential mechanisms Chelsea M Kaplan, Eoin Kelleher, Anushka Irani, Andrew Schrepf, Daniel J Clauw , Steven E Harte
・Pain 2024 Nov1;165(11S):S50-S57.doi:10.1097//j.pain.0000000000003305. The concept of nociplastic pain-where to from here? Eva Kosek
・麻酔2026;75:152―160.特集慢性疼痛における最近の話題 痛覚変調性疼痛の最近の話題 加藤 総夫

痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)という概念が、導入はされたものの、どのようにして痛みが発生しているのかについて、まだまだよくわかっていないことが多く存在します。よくわかっていないということは、当然、治療に難渋するわけで、当ペインクリニックに来院されても思うような成果が得られず、来院されなくなったり、ドクターショッピングといわれるいろいろな医療施設を渡り歩くような患者さんも多くいます。痛みで来院したのに、抗うつ薬や抗てんかん薬、抗不安薬が処方されることに抵抗がある患者さんも多くおられます。
今回のブログでは、痛みはまだまだ未知なことが多く、難治性の痛みが多く存在することを少しでもご理解いただければと考え、痛覚変調性疼痛についてのブログを書かせていただきました。